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DX Here&Now新たなビジネス価値を創造。DX推進で注目を集めるデータサイエンス

DXが進むにつれ、データサイエンスの重要性が声高に言われるようになった。国内でも専門家を養成する大学が増えつつあるが、日本で初めてデータサイエンス学部を創設したのが国立の滋賀大学だ。その創設に携わった学長、竹村彰通さんにお話を伺った。

──データサイエンスとは、簡潔にいうとどのような学問でしょうか。

竹村 統計学と情報学、この2つをベースにしたものです。つまり、データを分析する技術とコンピュータを駆使して計算するという両方の知識が必要となります。そうして入手したデータを活用し、新たな価値を創造するのがデータサイエンスの真骨頂です。日本は海外、とくにアメリカに比べ、この分野では大きく遅れを取っています。

──どうして後れを取ったのですか。

竹村 端的に言うと、日本はインターネットの波に乗り遅れてしまったからです。
 アメリカでは、1990年代後半から2000年代始めにAmazonやGoogleといったインターネットを活用したサービスを提供する会社が次々と登場しました。ユーザー情報から得たビッグデータを活用し、付加価値をプラスすることでさらにユーザーを増やしました。新しいビジネスモデルをつくり、成功させたのです。アメリカにはもともと統計学を学ぶ学生が多かったこともありますが、そうした企業の増加に伴い、学生の興味はデータサイエンスへとシフトしていきました。
 一方、日本における統計学は長い間学ぶ人が少ないマイナーな学問でした。2016年にようやく文部科学省が「数理及びデータサインス教育の強化に関する懇談会」を設置するなど、データサイエンス分野の遅れが認識されるようになったのです。滋賀大学ではその前年からデータサイエンス学部の構想があり、2017年に日本で初めて設立に至りました。

──今や企業が進めるDXにおいても、データサイエンスの役割は大きいと思うのですが。

竹村 DXというのは単にデジタル化することではなく、仕事のやり方まで変えていくことが求められています。それができないとDXという言葉だけで終わってしまう。最初に申し上げたように、“新たな価値を創造する”という意味で、DXにもデータサイエンスが重要になります。
 それは、情報通信技術や計測技術が発展したことで、多様で多量のデータが得られるようになったからです。日常生活をみても、買い物時のポイントカードやクレジットカード、交通カード、スマートフォンなどを使うことで、購買や行動の履歴などの情報がインターネット上のサーバーに蓄積されている。いわゆるビッグデータですね。ある意味、これらは企業にとって大きな資源なのですが、ただ持っているだけでは何の価値もありません。人海戦術をもってしても、それらのデータ全てを仕分けることすらできないでしょう。データを処理して分析する技術、さらにはそのデータを活用して社会の仕組みをデザインする技術が必要です。しかし残念ながら、今の日本にはその技量を持つ人材、データサイエンティストが不足しているのが実状です。
 データサイエンスはマーケティング、金融、映像、アパレル、医療など、職種を問わず様々な分野で応用でき、今までにない価値を生み出す可能性を秘めています。とはいえ、全てがデータサイエンスの力だけで解決できるわけではありません。例えば、わかりやすいのが製造業です。

長年の経験で培った技術と
データサイエンスを融合

 製造業は日本の経済成長を牽引してきました。それは、世界トップレベルのものづくりの技術があるからです。長年経験を積むことで身につけた技術者の暗黙知や職人技は素晴らしいものがあります。これは単にデータを分析すれば、明確化できるというものではありません。また、収集した膨大なデータの中から何を見るかというのは、やはり現場を理解している人の協力を得ないと取捨選択は難しいといえます。
 しかし、今のままでは後継者や、可視化されていないことで後世に技術を引き継ぐことができないという問題があるのも事実です。その解決には、熟練の技術者とデータサイエンティストが協力し合い、技術を継承していくことが必要です。場合によっては、技術者の長年の勘とされていたものをデータとして残せる可能性もあります。

──現場の技術者とデータサイエンティストがお互いの強みを生かしていくということですね。

竹村 日本でもようやくデータサイエンス分野の教育環境が整ってきたので、将来的にはその分野の人材不足は解消するでしょう。しかし、今現在の課題はその人材が育つまでの隙間を埋めなければ世界に追いつけないということです。それどころか、このままでは差は大きくなるばかりです。そこで必要になるのが、社会で今、活躍している人たちのリスキリングです。
 リスキリングは業種や地位に関係なく、経営層にとっても重要です。なぜなら日本の企業は文系出身の経営者が多く、数字に弱い傾向があるからです。せっかく部下が重要なデータを集めてきても会社の慣例などにとらわれ、それを生かせないのでは意味がありません。欧米では理系の経営者が多く、データを活用した経営が盛んに行われています。情報通信技術がこれだけ進歩した今、必要とされるのは、データドリブン経営ができる人なのです。もちろんデータが全てではありませんが、数字が判断基準になることも多い。私たちは今、気候変動や戦争、未知のウイルスなど、将来の予測が困難な状況に置かれています。これまでの常識では通用しないため、つねに最新の情報を収集し、臨機応変に対応していく力が必要とされます。経営層のデータサイエンスに対するリテラシーが高くないと、変化の波に乗り遅れてしまいます。

──文系の人間にとって、データサイエンスは難しく感じますが。

竹村 数理的な知識は必須ですが、データサイエンスは実は文理融合の学問です。導き出したデータをどのように役立てるか、新しいビジネスにどう結びつけるか、人にどう説明するかといったことも重要だからです。データサイエンティストには応用力やコミュニケーション力、柔軟性が欠かせません。
 個人的な話ですが、生成AIが既存の画像を参照して画像をつくり出すように、データサイエンスと音楽、あるいはアートを掛け合わせ、人間の創造性に寄与できないかと模索しています。データサイエンスは娯楽性も秘める奥深い学問なのです。

──教育の立場から、企業側がデータサイエンスの重要性に気付き始めたと実感することはありますか。

竹村 滋賀大学では産学連携の取り組みを創部当時から積極的に行ってきました。その数が年々増えていることからも、注目度の高さがうかがえます。授業では様々な企業から実際のデータを預かってそれを分析し、委託研究や共同研究という形で進んでいるものも多数あります。
 もっと教育環境を整えたいという思いはありますが、資金面では企業の研究費には及びません。できれば今後、企業と大学が双方向で行き来し、企業と研究者が交流を深めて情報交換しながら研究を進め、お互いに発展していければと思っています。

RECOMMEND

教材として使われているデータサイエンスの入門書。「初歩から活用事例までわかりやすく解説されており、データサイエンスのリテラシー醸成に最適」と竹村さん。

「第2版 データサイエンス入門」
竹村彰通・姫野哲人・高田聖治編
学術図書出版社 ¥2,200(税込)

PROFILE
竹村彰通さんAkimichi Takemura

国立大学法人滋賀大学学長

東京大学大学院経済学研究科理論経済学・経済史学専門課程修士課程修了、スタンフォード大学統計学部Ph.D.修了。研究分野は数理統計学。博士(統計学)。東京大学経済学部教授、同大学大学院情報理工学系研究科教授等を経て、2016年滋賀大学データサイエンス教育研究センター長に就任。2022年4月より学長。

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