DX TODAY自社メディア

鹿子木宏明のDX対談太陽ホールディングス株式会社 俵 輝道さん

エレクトロニクスをはじめ、医療・医薬品やエネルギーなど幅広い事業を展開している株式会社太陽ホールディングス。グループ全体のCDO(最高デジタル責任者)を務める俵 輝道さんにお話を伺いました。

鹿子木 これまでのご経歴について教えて頂けますか。
 大学の法学部で法律を学び、アメリカの大学院でMBAを取得しました。新卒後の住友電気工業では海外戦略企画などに従事。その後、事業会社やベンチャーで会社や事業の経営に長年携わりました。太陽ホールディングスに入る前はアマゾンジャパンで事業部長として、2つの事業部を見ておりました。
鹿子木 これまでずっとビジネスの立ち上げなどをされていて、今はCDOというお立場でいらっしゃる。珍しい経歴をお持ちですね。
 ご縁があって入社したのですが、入ってまもなく社長の佐藤から「時間がある時に、社内でどんなDXができるか調べてほしい」と声を掛けられました。早速調べてプレゼンをしたところ、興味を持たれたのですね。元々は違う仕事をする予定で入社したのですが、そのことがきっかけでCDOとしてグループ全体のD
Xをリードすることになりました。また、CIO的な業務もあり、全体のITの統括もしております。
鹿子木 DXを進める上で、これまでのビジネス経験が役立っていると感じることはありますか。
 はい、大いにあります。私どものDXは単純に高度化やトランスフォーメーションだけでなく、ITを活用して新規事業を創出することを目的としているからです。また、マネージメントという点においても会社経営の経験が生かされております。
鹿子木 御社は電子機器の基板を守る化学素材、ソルダーレジストが世界ナンバーワンのシェアを誇るリーディングカンパニーですね。他にも幅広い分野の事業をグローバルで展開されています。俵さんが入社されたタイミングで積極的にDXの取り組みを始めた背景には何か理由があるのでしょうか。
 弊社はBtoBの中規模の製造業で、昨年創業70周年を迎えました。化学メーカーですが、実はDXやITがうまく進んでいなかったのです。とくに基幹システムの入れ替えは何度も苦戦し、抜本的に見直しや強化を図らなければならないという問題意識がありました。
鹿子木 俵さんがどのようなDXができるか調べられた時、何が課題だと思われたのですか。
 様々な課題がありました。ただ、煩雑な課題をそのままにIT化やDXに取り組むのではなく、まずは課題を整理したり、業務を変える意識を持つことが前提だと。DXというのはあくまでツール、手段だと思っていますので、それが目的化しないようにしなければならないと思いました。これまで苦戦してきた基幹システムの導入も、導入すること自体が目的になっていた面もあると思います。今、ちょうど横河ソリューションサービスさんにERPの導入を支援して頂いているのですが、今回はうまくいきそうです。
鹿子木 お役に立てて何よりです。ところで、どのような形でDXを進められているのでしょうか。

DXが果たすべき役割を
3つに分けて推進

 グループ全体の長期経営構想の中で、「デジタルトランスフォーメーションによる進化と変革」、「新たな事業の創出」を基本方針としています。その中で、DXの役割を「攻めのDX」、「守りのDX」、「DXを進める上での基盤強化」の3つに分けています。まず弊社の「攻めのDX」では、社内の課題は社外でも課題になっているであろうと考えました。つまり、自社の課題解決を新規事業につなげるのです。具体的にはAIを使ったナレッジマネジメントシステムの販売です。グループ内に製薬会社があるのですが、薬事部門で扱う法令や関連文献の膨大なデータ管理が煩雑で属人化しやすいという問題がありました。ベテランと若手の間でナレッジトランスファーがうまくできていなかったのです。AIを用いることでその問題を解決させ、蓄積したデータやノウハウを社外にも提供することにしました。
鹿子木 自社のIT化でDX事業をつくり出すという発想はユニークですね。そして、事業の立ち上げは、まさに俵さんのご経験が生かされる。
 新規事業をどんどん創出せよ、という社内カルチャーがあり、それに沿って、ITを活用して新たな事業の柱をつくりたいと考えています。
 この「攻めのDX」と共に「守りのDX」も進めています。デジタル技術を活用することで、生産性の向上や事業の高度化を図ります。
 こうしたDXを進める上で欠かせないのが基盤強化で、なかでも人材が要になります。DXを進めることで、どのような将来像を描いているか。役員から現場までいろいろな人を巻き込み、全ての人が自分事として捉えてもらうことが重要です。会社の事業戦略も、経営陣に思いがこもっていなければ人はついてこない。ですから、役員に対しても勉強会を開くなど、啓蒙活動を行っています。
 また、若手にはデジタル人材の育成プログラムを取り入れ、デジタルリテラシーの強化を図っています。その一環として、現場のDXリーダー主導でBI(ビジネスインテリジェンス)ツールのトレーニングを行っているのですが、目的は単にツールを使いこなすことではなく、データを実務や現場にどのように落とし込んで運用するのか自律的に考え、課題改善のためのPDCAを回す仕組みづくりができるようになることをゴールとしています。どちらかといえばビジネス研修に近いイメージです。実際、BIでデータを見える化することで、若い人たちが会議などで活用してくれるようになり、経営層の刺激になることもあります。

鹿子木 トップダウンとボトムダウンの両方で基盤を強化されているのですね。

DXを目的化しない
手段として考えること

鹿子木 他社において、DXをうまく進めていくためには何が大切だと思われますか。
 繰り返しになりますが、DXは目的ではなく手段であることを認識することではないでしょうか。あくまで手段ですから、会社や国によってその方法はまったく異なると思います。私が一番違和感を感じるのは、DXありきで語られることです。
 まずは経営戦略や事業戦略、事業課題が何かを明確にする。DXすること自体が目的になると、デジタルやITツールの使い方などで少しでもつまずくと結局成果を出せないまま終わってしまいます。
 私のようなデジタルリーダーは、トップとコミュニケーションをしっかり取って期待値などをすり合わせ、継続的にコミットメントがもらえることが重要です。そしてトップと現場をうまくつなげて進めていく。みんなが自分事としてとらえ、共通意識を持つことです。
 率直に申し上げると、弊社も会社ごとで事業を進めてきた歴史があり、縦割りになっているため、今、横串でガバナンスをきかせたり、新たなプロジェクトを進めようと試みている最中です。国によって法律や文化も違うため、難しい点もありますが、トップからの発信を含め、こちらの方針をしっかり打ち出し、人を巻き込んで成功させるのが目標です。
 DXを目的にしない。そしてコミュニケーションと人を大切にすることで経営層から現場まで同じ志を持って取り組む。基本的なところから見直すことで、確実にDXが進んでいるのですね。貴重なお話、ありがとうございました。

 

対談を終えて
俵さんはもともとIT系の部署ではなく、ビジネスをやられていたとお聞きし、やはり経営としての視点をお持ちだと腑に落ちました。今はDXを意識されていますが、常にDXを新事業に生かすことを狙っていらっしゃるのですね。インターナルDXはどちらかというと内部のコストダウンや効率を上げるなど、課題解決に活用する“守り”のDXですが、それを事業に使うのは、まさに“攻め”のDXとしてビジネスで利益を増やすことです。守りもあるけれども、最初から攻めのDXを狙っていく。その方針を取られていることがとても印象に残りました。(鹿子木談)
PROFILE

住友電気工業株式会社国際事業部にて海外戦略企画・実行に従事後、VCを経てスタートアップを4年間経営。会社売却後、株式会社ミスミに勤務し日本で金型部門の事業統括ディレクター、米国駐在で米国社買収後のPMI業務に従事。その後アマゾンジャパン合同会社でDIY用品事業部長 兼 産業・研究開発用品事業部長。現在は太陽ホールディングス株式会社にてIT部門を統括。グループ全体のDX推進の責任者でもある。

1996年4月にマイクロソフト入社。機械学習アプリケーションの開発等に携わる。2007年10月横河電機入社。プラントを含む製造現場へのAIの開発、適用、製品化等を手掛ける。強化学習(アルゴリズム FKDPP)の開発者のひとり。横河電機IAプロダクト&サービス事業本部インフォメーションテクノロジーセンター長を経て2022年7月より横河デジタル株式会社代表取締役社長。博士(理学)。