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DX Here&Nowいよいよ活用フェーズに。進化の速い生成AIは若手の力を借りて導入を図る
もはやビジネスを成功に導くツールとして欠かせないAI。にもかかわらず、その内容は難しすぎてピンとこない人も多いのではないだろうか。日本のAI研究をリードする松尾研究所の金剛洙さんに、2024年末のAI状況を伺いました。

──ChatGPTが登場し、AIは私たちの日常生活に爆発的に広がっているように見えます。
金 ChatGPTはディープラーニングの技術を活用した結果、極めて高度な知能を持つAIが実現したものといえます。これまでのAIはAかBかを見分ける識別に強かったのですが、言葉や画像を生成できるようになった。大きなパラダイムチェンジです。
実は2017年にこのディープラーニングを使っての、言語分野におけるある種のブレイクスルーが起きています。それはトランスフォーマーという技術によるものです。今の生成AIはこのトランスフォーマーをベースにしたものが多く、言語分野でも高い精度を達成し得ることがわかりました。
そして、このトランスフォーマーを使いながらモデルを大きくすればするほど精度が上がるというスケール則が発見され、このスケール則に則って、どんどん投資をしてモデルを大きくし、データも多くして計算資源も使おうと。それによって生まれたのがChatGPTをはじめとする生成AIです。
もう1つ重要な技術が、自己教師あり学習という手法です。特に自然言語の学習とは相性がよく、自己教師あり学習をやればAIは賢くなることをビッグテックも含めて多くの研究者が気付いていました。ただ、最後に世界にパブリッシュするところで1つ問題があったのです。それはAIのアラインメントと言われるもので、AIを人間にとって好ましい振る舞いができるように調整する作業です。これが意外と難しく、十分に実現できていませんでした。
実はChatGPTの前に、何社かが生成AIのサービスを出しています。ですが、変な受け答えや差別的な発言をするなどしてSNSで炎上し、サービス停止に追い込まれています。
そしてChatGPTが世に出たのが2022年11月末です。あの時点で、これだけ大きなモデルをしっかりトレーニングし、さらにアラインメントも行ったことがとても大きかったですね。OpenAIが優れていた点だと思います。
RAGは便利な一方で
限界も見え始めている
──ChatGPTは英語には強く、日本語は少し弱かった。それがだいぶ改善されてきたように感じます。
金 ChatGPTに限らず、音声認識AIも英語の方がやはり性能はいいです。しかし今後日本語のデータを用いた学習が進むことで、その分賢くなるでしょう。精度は英語に劣りつつも、賢くなったことによってビジネスでの活用シーンは一気に増えています。まず、世の中全般が取り組んでいるのがコストカットで、人間の業務の効率化や代替ですね。
そういう意味での1つ画期的な技術がRAG(Retrieval-Augmented Generation)です。ChatGPTなどの生成AIはジェネラルに学ばせたことしか答えられないのですが、RAGは、社内の情報や必要なマニュアルを読み込み、それに基づいて答える画期的な技術です。様々なビジネスの現場で使われ始めています。
一方で限界も見え始めています。基本的にマニュアルを参照して答えるので、一問一答にはものすごく強い。しかし、複数の知識を総動員しながら回答することは意外と苦手で、論理的な推論から答えを出すことは難しいのです。例えば業界に適用するのだったら、その業界の知見などをある程度、学習させたモデルでなければならない。もう1つは文章自体をしっかり整えて渡さないと、生成AIが混乱してしまうことです。
──そうした問題点は改善されるのでしょうか?
金 RAGに強いベンダーが出てきて、彼らは文章自体をどう区切ってデータベースに入れるかなどを、独自のティップスを用いて解決していこうとしています。あとはモデル自体を賢くすることです。もちろんビッグテックは対応していますが、基本的に汎用で作って汎用に提供し収益を上げるビジネスモデルなので、個社に特化したものは、今のところ作っていません。
また、別のRAGの問題点として、例えばあるニュース記事に「リストラされました」とあった時に、一般的にはこれをネガティブに捉えるでしょう。一方で金融機関の場合、これはコストカットがうまく進んで会社にとってはポジティブだ、という捉え方をすることもあります。つまり、汎用にトレーニングしたことによって、その業界ならではの慣習や、ある種の雰囲気のようなものを失ってしまう可能性がある。それは、今後いろんな場でネガティブに働くはずです。ですから汎用で作ったものとは別に、個別領域に特化し作ったものが重要性を帯びてくる可能性はあると思います。
ただ、個別に作ると言っても、結構な予算が必要です。今の生成AIは、規模がどんどん大きくなっていると冒頭に話しましたが、そう考えると、コストを抑えて作れる技術はとても大事です。それによって精度が上がり、企業の収益に貢献できるかという点を鑑みての判断になってきますから。今すぐ個社に特化した、業界に特化した生成AIが次々と立ち上がる感じでは、まずはないと思います。
──コストに関しての、何か良い手だてはありますか?
金 参考になる事例は中国でしょうか。中国は面白くて、基本的にはアメリカのものを使うことに規制をかけられているため、いろんなところで独自の生態系のようなものが生まれ始めています。
AIもそうで、中国企業は基本的にはOpenAIを使えません。ただ中国には14億人が暮らすので、生成AIの利用はいろんな面で寄与するに違いない。利益に寄与し得る可能性があるのなら、生成AIを導入した方がいい。それならば、個社ごとに作った方がいいのではないかと。良くも悪くもアメリカ製品を使わないことで、そこのビジネスが発達していることが特徴です。
それなら日本をどこに位置付けるかという話ですが、もちろんマーケットは中国に比べたらそこまで大きくはありません。とは言っても、1億以上の人口があって市場があります。これは個人的な見解ですが、業界ごとにある種の協調としての生成AIを作る。例えば製造業界が連合して作って、それを各社が導入するような動きが今後発生し得るのかなと思っていますし、そういう動きがポツポツと出始めてもいいのではないでしょうか。
──ですが、AIの進化は速すぎて、自社に導入するイメージすらつかない会社も多いと思います。
金 20代の若い学生を見ていると、キャッチアップが驚くほど早く、最新情報は彼らの方がよく知っています。AIはイノベーションですから、そういう意味で言うと若い人が何をやっているのかをちゃんと見て学ぶことはとても大事だと私は思っています。
これをもう少し抽象化してみると、会社内の若手の中には、おそらく生成AIにものすごく詳しい人が何人かいるはずです。そういう人に、例えば「生成AI特命大使」のようなタイトルを与えて、社内の教育を思い切って任せる。そうすると、彼は自社内で使えるティップスをいろいろ持っているので、それを適切にチームに伝播させていく。すると一気にいろんなメンバーがAIを使うようになり、新しい使い方のアイデアも生まれるのではないでしょうか。若手をうまく起用し、一定の権限を与えて、社内に広げていく役割を担せるのが大事かと思います。
新しい使い方の可能性を秘めたAI
今後もまだまだ進化を続ける
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「AIが様々な業務を代替する一方で、優秀な人材を見抜くには、人間の“人を見る力”が欠かせません。AI時代こそ、必要な能力であると考えます」と金さん。
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小野壮彦著
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- PROFILE
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株式会社松尾研究所 取締役 執行役員/経営戦略本部ディレクター 金 剛洙さん Kangsoo Kim
東京大学工学部卒、同大学院工学系研究科技術経営戦略学専攻修了。2020年より、松尾研究所に参画し、機械学習の社会実装プロジェクトの企画からPoC、開発を一貫して担当。その後、社内外の特命プロジェクトを推進する経営戦略本部を立ち上げ、統括。また、AI・知能化技術の応用により成長の見込めるベンチャー企業への投資に特化したVCファンドを新設し、代表取締役を務める。