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鹿子木宏明のDX対談三菱自動車工業株式会社 車 真佐夫さん
鹿子木宏明のDX対談。第2回目は、三菱自動車工業株式会社執行役員CIO、グローバルIT本部長の車 真佐夫さんにお越しいただき、クルマ産業が取り組むDXについてお話を伺いました。
鹿子木 クルマ産業はいうまでもなく、日本の重要な基幹産業です。一方で、情報系、情報工学系はどうしても欧米が強いですね。今、製造業はDXを取り入れた革新を進めていますが、今後は情報系との融合が肝になってくると思います。今日はそのような状況の中での、御社の取り組みをお聞かせください。
まずは、車さんのビジネスキャリアについてですが、大学卒業後にソニーに入社されたと。
車 はい、入社1年目から今でいうIT部門に配属されて、社内システムの開発、保守といったところからキャリアをスタートしました。6年ほど経験を積んで、次はプロジェクトもやってみたいと思うようになり、手を挙げて「事務革新プロジェクト」に携わることになりました。1989年のことです。まだ20代でしたが、システム開発責任者となり、8か月で最初のシステムをリリースしました。
鹿子木 どのような内容のシステム開発でしたか?
車 全社員約2万人の仕事の仕方を変えるということで、まずはペーパーレス化に取り組みました。コンピュータによる各種申請や電子承認などです。コンピュータを触ったことがない社員が多数いた時代です。
鹿子木 “IT”という呼び名もなかった頃から、社内情報系システムを手掛けられてきたのですね。その時代に、全社員がパソコンを使うというチャレンジは、想像するだけでも大変だったことと思います。
車 すでにコンピュータを利用したサプライチェーンや販売の仕組みはありましたが、確かに一般社員すべてが、というのは初めてでした。今ではペーパーレスは当たり前ですが、当時は先駆けでしたね。
鹿子木 先進的な取り組みをされて、しっかり定着したと。それには様々な工夫をされたことと思います。
車 そうですね。大きな啓蒙ポスターを社内中に貼ったり、パソコンで承認しないと部下の残業代が給料に加算されないなど、もう逃げられないぞ、という雰囲気を作って変えて行きました。
その後は海外勤務になり、香港とドイツで計7年過ごしました。車と音楽が好きなので、とくにドイツではアウトバーンを毎日車で通勤するというのは楽しかったですね。
鹿子木 音楽にもご興味がおありなんですか。
車 大学時代から指揮法を習い、合唱団の指揮者をしていました。社会人になっても続け、赴任先の海外でも合唱団で指揮をとっていました。今も合唱団やオーケストラを指揮しています。
鹿子木 指揮者というのは演奏全体をまとめる役割ですね。音楽でもプロジェクトでも、団結には誰かのリーダーシップが必要です。
車 リーダーシップにおいて何より大切なのは、個々人が力を発揮する環境を作ることだと思います。
例えば指揮者というのは演奏で音を出さない唯一の存在です。音を奏でるのは奏者や合唱団員で、指揮者に求められるのは、彼らが持っている力を存分に出せるような環境を作ること。そうすることで本番では最高の演奏ができます。プロジェクトもそれと同じです。
かつてはリーダーが全部答えを持っていればそれに従ってもらえばよかったのですが、今はそういう時代ではありません。とくに最近の若い世代はデジタルネイティブに変わっていますので、そういった人たちが自由に、自分たちの発想を出せる環境を作ることが大事だと思っています。
鹿子木 そういった考えは、日本の製造業をDXで動かしていくために必須だと私も思います。その後、ソニーから2016年に三菱自動車へ移られました。
車 はい、IT部門の最高情報責任者として入社しました。一番のミッションが、社内の基幹システムをERPに置き換えることでした。以前からトライしていましたが、なかなかうまくいかなかったようです。昨年4月に本社で稼働し始め、今後はグローバル展開するのが目標です。
鹿子木 ERPの導入は日本の製造業でも盛んですが、どのへんが難しいのでしょうか。
車 日本は専門機能ごとに仕組みを作ってきた経緯があります。ERPはそこに横串を刺すので、その考え方を変えるのがまず大変です。加えてプロジェクトの規模が大きくなると、指数関数的に難易度が増し、コミュニケーションひとつ取るにしてもなかなか徹底せず、うまくいきません。
鹿子木 部署ごとに最適化していたのに、統合で軋轢やミスマッチが起きると。その調整が難しいですね。
そして今は製造現場とサプライチェーン、経営。そこを結ぶITのインフラシステムの構築が主なミッションであると。DXは、どんなことを目指されているのですか。
組織間の協調を促す
必然性とドライブ
車 製造は非常に大事ですが、設計、開発、製造、販売の流れの中で、実は最初に目を付けたのは販売、いわゆるマーケティングの領域です。従来のBtoBtoCというビジネスモデルではお客様のご意見や感想などがメーカーから見えにくく、お客様から見て何がいいのかという観点で、プロセスを見直しました。
鹿子木 それには多数の組織が協調する必要があると思いますが、成功の秘訣は何でしょうか。
車 DX全般にいえますが、順風満帆なところに改革を持ち込んでもうまくいかない。必然性や強力なドライブが必要だと考えます。そういう意味では、クライシスドリブンで物事を動かすことはひとつの手です。自動車業界は今、100年に一度の大変革期を迎えており、このままでは生き残れないのではないかと各社が同じ意識の下に努力しています。
三菱自動車では修理やメンテナンスといったアフターサービスも含め、販売会社とメーカーが情報を共有して製品づくりにお客様の声を反映させ、ひとりでも多くのファンを増やしたいと考えています。
鹿子木 お客様と緊密な関係を築くうえで、DX、あるいはITのシステムが果たす役割はどういったところになりますか。
車 いわゆるSNSを活用し、私どもの製品に興味を持ってくださったお客様がコンタクトを取れるようにする。その後、販売店で試乗して、購入いただく。車はご購入後に何年もご愛顧いただくので、その長い間、お客様とメーカーも含めつながっていくにはITの力が必要です。お客様を中心に据えたCXを推進する上で、組織や会社の枠を超えて統合的にお客様と接するための仕組みが必要となります。
鹿子木 クルマ産業を始め、製造業は日本の未来に対して重要な役目を担うと思います。製造業がDXを進めるうえで提言はございますか。
車 デジタル技術を活用し、既存のビジネスモデルを変えるようなディスラプターが海外から入ってくると思います。また、カーボンニュートラルを含めた環境問題においても裾野が広いため、対応するには企業の壁を超えて連携することが重要です。ここにこそ、DXの本質があるのではないかと思います。
自動車業界においては、ヨーロッパではすでにデータ流通のプラットフォーム「カテナ-X」が始まっていますが、日本ではまだそこまで進んでいない。個社だけの取り組みでは海外に太刀打ちできない状況になりかねません。
企業を取り巻く外的環境はつねに変化しています。DXはそれ対して、追随できる能力といっていいのではないでしょうか。有名な言葉に「最も強いものや賢いものが生き残るのではない。最も変化に適応できるものが生き残る」というのがありますが、まったく同じだと思います。
鹿子木 まずは社内の組織をつないで次に企業間を連携させる。海外をキャッチアップしていくためには、そうしたDXが不可欠ということですね。ありがとうございました。
- PROFILE
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1983年ソニー株式会社入社。Sony International(Hong Kong)のシニアマネジャー、Sony Europe IS Europeのゼネラルマネジャー、ソニー e-Platformグローバル企画推進部統括部長、同 ビジネストランスフォーメーション/ISセンター グローバルISマネジメント部統括部長、ソニーグローバルソリューションズ コーポレートシステムソリューション部門長などを歴任。ソニーコーポレートサービス株式会社 執行役員を経て2016年より現職。
1996年4月にマイクロソフト入社。機械学習アプリケーションの開発などに携わる。2007年10月横河電機入社。プラントを含む製造現場へのAIの開発、適用、製品化などを手掛ける。強化学習(アルゴリズム FKDPP)の開発者のひとり。横河電機IAプロダクト&サービス事業本部インフォメーションテクノロジーセンター長を経て2022年7月より横河デジタル株式会社代表取締役社長。理学博士。