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鹿子木宏明のDX対談株式会社IHI 小宮義則さん

様々な官職を経て、現在、株式会社IHIで高度情報マネジメント統括本部長、常務執行役員を務める小宮義則さん。日本の製造業がDXを推進するためのポイントや課題について伺いました。

鹿子木 経済産業省ではIT戦略や資源エネルギー政策、宇宙開発、特許など、幅広い分野の業務に携わられたと伺っています。長年、公職に就かれておられたわけですが、民間企業に入社されて違いを感じたことはありますか?
小宮 以前から製造業の方々と接する機会は多くありました。入社後は企業の立場でデジタル、つまりDXを本格的に進めることになったのですが、まず日本の製造業特有の採用構造に驚きました。
鹿子木 具体的にはどのようなことでしょうか。
小宮 役所の場合、2年ほどで部署が変わるため、いろいろな経験を積むことができます。その分、底が浅いというご意見はあるものの、結果的に物事を広く見る力が養われます。一方、製造業である弊社の場合、営業なら営業、設計なら設計と特定の部門、部署で固定されるケースがほとんどです。会社全体の事業を意識し始めるのが50歳前後になりますが、これでは少し遅すぎます。DXのためにはもう少し早くから広い視野を持つことが必要だと思います。
鹿子木 DXを進めていくには、会社内の様々な部門との連携が必要になる。そのためには、様々な部門部署での経験やコミュニケーションが必要だということですね。
小宮 日本の製造業の技術は、蓄積が強みになるという風潮があります。いわゆる勘や経験といったことですが、高度経済成長期にうまくいき過ぎたことが影響しているのでしょう。私はDXを阻む壁は3つあると考えていますが、これがまず1つめの「アナログの壁」です。

鹿子木 おっしゃるとおり、日本の製造業は現場の手触り感みたいなものが匠の技として重宝されます。それは唯一無二の強みでもありますが、それをどうやって人に伝えていくのでしょうか。
小宮 デジタル化、つまり数値化して共有していくことでしょう。ですが、これを進める上でぶつかるのが2つめの「サイロ化の壁」です。部署ごとにシステムを作ったり、情報を管理するだけでは何も生み出しません。例えば社内でERPとPLMを共通化することで、手順や成功、起きてしまった失敗の知恵を違う舞台にも拡げることができます。そうすることで時間の効率化にもつながりますし、個別に行ってきた投資も不要になる。補完性が生まれることでビッグデータの活用価値も生まれます。
鹿子木 サイロ化を解消できれば新たな可能性が生まれる。
小宮 そうです。サイロ化したままではバリューエンジニアリングができません。バリューエンジニアリングとはひとことで言うと、お客様が求めていることを前提に、こだわるべき部分と標準化してこだわらなくていい部分をはっきり分けていくことです。弊社では1つのビジネスユニットの中に、営業、設計、調達、生産、建設、アフターサービスと6つの部門があります。ビジネスユニット内がサイロ化していると、営業はお客様の細かい要望にも個別に対応し、設計や生産はそれに応えようとする。そうやってそれぞれが突き詰めていくとコスト高になって利益に結びつかなかったり、製造から納品までの時間が長くなりすぎ、お客様が離れてしまうこともあります。それを解消するには各部署からでなく、一歩引いた全体を俯瞰する視点から、お客様はどこに価値を置いているのか、自分たちはどこで利益を得るのかを考えることが必要です。
 そしてもう1つの壁が、製造業の収益構造から脱却し「コト売り」にシフトできないという「モノ売り」の壁です。

「DX指針三箇条」を作成し
社員の意識改革を進める

鹿子木 DXを進めるには、「アナログの壁」、「サイロ化の壁」、「モノ売りの壁」を乗り越える必要があると。いずれも一筋縄ではいかない問題ですね。御社は経済産業省と東京証券取引所が選定する「DX銘柄」に2年連続で選ばれましたが、どのように社内全体をDX思考に変えていったのですか。
小宮 デジタルトランスフォーメーションというのは「トランス by デジタル」、もしくは「トランス with デジタル」のことです。つまり、トランスフォーメーションする気がない人に、いくらデジタルをすすめてもDXは起こりません。まずは意識改革を進めることですね。
鹿子木 具体的には何をされたのでしょうか。
小宮 各事業領域のカンパニー長と相談して「DX指針三箇条」を作成しました。「第一条 社会課題とお客様の価値を意識する」、「第二条 外、横、縦とつながり対話する」、「第三条 データに基づき、改革を貫徹する」というものです。
 第一条は当たり前のことのようですが、実はできていない。例えば、弊社の機械を使ってくださっている顧客のところに営業マンが足を運ぶと「昨日もIHIさんいらっしゃいましたよ」と言われる。つまり、機械ごとに弊社側の担当部署も担当者も違っていて、お客様の情報が共有できていないのです。また、顧客側も対応する人によって要望が異なったりするため、根本的に何に困っておられるのか、こちらも把握できない。まずはそうした社会課題やお客様の価値を意識することが大切だと考えます。
 第二条は、社会課題やお客様の価値を知るためには、狭い組織の中だけでなく、他の人たちと積極的につながりなさいということです。ここでいう「外」は社外の人、「横」は自分の所属部署以外の人、「縦」はバリューチェーンの中で、自分が担当する役割以外の担当者のことです。異なる意見や視野を持つことはとても大切です。
 第三条は先ほどの「アナログの壁」の話で申し上げたように、勘や経験だけに頼るのではなくきちんとデータ化し、それを基に客観的に作業することです。
 これらを周知するために社内向けのビデオを作成し、社長の井手に「DX指針三箇条」や今、進めようとしているDXについて話して頂きました。また、社内のイントラで「高度情報マネジメント統括本部」をクリックすると必ず「DX指針三箇条」が表示され、それを見ないと中に入れない仕組みにするなど、社内で「DX指針三箇条」が目につくようにしています。
鹿子木 次のステップはどのようなことをお考えですか。
小宮 デジタイゼーションです。4つある事業領域の中の「航空・宇宙・防衛事業領域」で、すでに進めています。
 DX担当者が現場を調査すると、業績など様々な数字をExcelに打ち込みメールに添付し、それをまた集計して…といった作業にとんでもない時間と労力を費やしていることがわかりました。そこでBIツールを導入し、2年かけてデータの収集だけでなく過去のデータも事業領域長が見られるようにしました。システムの刷新とスループットの劇的増加を合い言葉に、今も製造方法まですべて変えようと動いています。
 また、今年4月にはトランスフォーメーションセンターを作りました。大転換を図るのに欠かせないのが「プロセスばらし」です。業務プロセスを徹底的に因数分解した上で、ムダが生じている部分などを見極め、再度組み立て直しをしています。単にシステムを当て込むだけでは効果は期待できません。実は航空・宇宙・防衛事業領域もサイロ化構造が強かったのですが、プロセスばらしを進めることでDXが進みました。これを他の3つの事業領域にも展開するというのが今後の課題です。
 また、4つの事業領域の中にビジネスユニットは全部で18あり、さらにそれぞれに6つの部門があるので約180人のDXリーダーを立てました。DX指針三箇条も含め、意識啓発の伝道師になってもらいたいと思っています。
鹿子木 最後に日本の製造業がDXを進めるために、何をすればいいと思われますか。
小宮 欧米などDXの先進国に行き、体験するといいと思います。明治維新がそうであったように、どうすれば欧米のライバルに対抗できるかに気がついて、DXが加速すると思います。視野の広さや示唆を捉える点など虫の目だけではなく、鳥の目も持つことが必要ではないでしょうか。
鹿子木 技術的には日本も決して劣っているわけではないということですね。有意義なお話、ありがとうございました。

PROFILE

1984年通商産業省(現 経済産業省)入省。経済産業政策局知的財産政策室長、製造産業局産業機械課長(ロボット産業室長兼任)、大臣秘書官 事務取扱などを経て、2008年内閣官房内閣参事官(副長官補付)就任後、IT基本法に基づくIT戦略の改定を推進。資源エネルギー庁長官官房総合政策課長、内閣府大臣官房宇宙審議官などを歴任後、2016年に特許庁長官就任。2017年に退官後、株式会社IHI入社。2020年4月より現職。

1996年4月にマイクロソフト入社。機械学習アプリケーションの開発などに携わる。2007年10月横河電機入社。プラントを含む製造現場へのAIの開発、適用、製品化などを手掛ける。強化学習(アルゴリズム FKDPP)の開発者のひとり。横河電機IAプロダクト&サービス事業本部インフォメーションテクノロジーセンター長を経て2022年7月より横河デジタル株式会社代表取締役社長。理学博士。