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DX Here&Now社会問題を解決し、経済発展を両立させるSociety5.0の社会

技術革新を望ましい社会の構築につなげるために、学融合的な研究と人材育成を行っている成蹊大学Society5.0研究所。法学部の教授であり、所長を務める佐藤義明さんにSociety5.0についてお話をお伺いしました。

──Society5.0とはどのような概念ですか?

 私たちの社会は狩猟から農耕、工業、そして現在の情報社会へと進化し発展してきました。それに続く新たな社会として日本政府がマクロな観点から提唱しているのがSociety5.0です。Society5.0は、社会全体のDXを進めることによって、リアルな空間とサイバー空間とを融合させた人間中心の社会を目指し、SDGsを始め、日本が抱える過疎化や少子高齢化、貧困などの社会問題を解決するとともに経済発展を両立させようとするものです。リアルな社会では十分行き届かないニーズを満たす“誰も取り残さない”社会です。
 ある意味では大風呂敷かもしれません。ですが、そのような社会像を国として示すことによって、企業や大学、個人といった主体が社会に対してどのような形で貢献できるだろうかをバックキャストすることが可能になる。そのための見取り図を示したのだと思います。
 ここで言う“誰も”とは、高齢者や障害者などの社会的弱者だけではありません。DXについての技術を持ち合わせていない私を含め、多くの人々が、場合によっては取り残され得る社会が今、できつつあるのです。そういう意味では、Society5.0は誰もが共有し得るビジョンだと思います。

──仮想と現実の融合はどのように進むのでしょうか?

 身近な例では、オンラインによるミーティングもリアル空間とサイバー空間を組み合わせています。過疎地に住みながらオンラインで仕事をしたり、ドローンを活用して遠隔地に日用品や薬を届けるといったサービスも始まっています。
 こうしてサイバー空間を活用することにより、距離や時間が障害となってこれまで満たされなかったニーズが満たされるようになります。効率化や利便性の向上により新しいサービスが始まり雇用も生まれると、自然と経済も回るようになります。
 また、自宅から出られない人でもサイバースペースで教育を受けることが可能になります。成蹊大学では建築中の新校舎をメタバース空間に構築しました。ここには誰でも入ることができます。今後このような空間を拡大し、在学生の学びや交流の場としてだけでなく、リカレント教育の場や、高校生の科目等履習の場としても活用したいと考えています。
 メタバースの役割として最初に出てくるのがシミュレーションです。例えばデジタルツインのような形で、あくまでもリアルに対して何ができるかという視点から利用されています。ところがそれを超えた世界が今、できつつあります。それはメタバース空間自体が価値を持ち、そこに没入し得るものになりつつあるということです。
 サイバー空間に入り込んでしまうべきではなく、リアルな世界が基本だと我々の世代は考えます。とくにコミュニケーションにおいては、人が対面し、同じ空間、時間を共有して、雑談や手振り身振りを含めた意思疎通からクリエイティブな発想や気付きが生まれるからです。アフターコロナの今、対面ならではの価値が見直されています。
 しかしその一方で、幼い頃からSNSなどデジタルツールに慣れ親しんでいる若い世代は、リアルな世界よりもサイバーな空間のほうが信頼や依存の対象になり得ることも事実です。
 そうなってくると、リアルを向上させるためのサイバーという役割分担ではなく、サイバーの世界で「リアル」に生きている人々、つまり、物理的にはリアルにいるけれども、サイバースペースに没入して生活する人々が出てくる。その人たちが、サイバースペースを活かすことによって、リアルでは十分できない生産を行い、リアルでも問題なく生活を送れるようにしなければなりません。ですので、リアルとサイバーの割合は個人個人によって大きく異なってくるだろうと思います。
 もはやそれが望ましいか望ましくないかは問題ではありません。変わっていくことは避けられないのです。課題は、望ましい部分を促進し、望ましくない部分をいかに抑制するかです。

人間が培った技術や
知見を失わない

──Society5.0を進めるに当たって、危惧することはないのでしょうか?

 つねにサイバー空間でAIがはじき出す答えばかりに依存していると、人間の能力は当然退化し、自身で判断することができなくなってしまいます。AIは必ずしも正しい答えを導くとは限りませんから、便利にかつ有効に使いこなすためには、最終的に判断する能力を人間が持っていることが前提です。
 これは航空機の例ですが、管制システムに対してサイバー攻撃があり、システムによる飛行機の離発着の調整ができなくなったことがありました。その時でも、ベテラン管制官は慌てることなく数十年前に活用していた手書きの計算式を使って調整し、すべての飛行機を事故を起こすことなく誘導したそうです。
 このように、サイバー空間で何かしらのトラブルが起こった時、リアルの世界で培ってきた熟練の技術でカバーしなければなりません。おそらく、サイバー上で完璧な技術というものはあり得ないでしょう。危機管理は企業にとって死活問題です。
 当然ながらSociety5.0が成り立つためには発電所や海底ケーブルなどのインフラが欠かせません。自然災害や戦争によってこれらが破壊されるとライフラインがすぐに断たれてしまいますが、サイバー空間も同様です。Society5.0は、その上にデータセンター、アプリケーションなどいくつものネットワーク技術が層になっています。さらに、ロボティクスやAIなどが加わり最適化され、実に複雑な構造をしています。どこが欠けてもそのシステムが止まる可能性があり、複雑になればなるほど脆弱なポイントが増えるということです。技術自体にバグが潜んでいる可能性もありますし、サイバー攻撃に晒されることも珍しくはありません。デジタル技術は人より頼りになる部分もある一方で、人にしか解決できないことも多々あります。

──利便性ばかりでなく、脆弱性も理解したうえでSociety5.0の実現に取り組まなくてはならないのですね。

 そのとおりです。それを踏まえたうえでサイバー空間を有効に活用すれば、これまで放置されてきたバーニングニーズの市場を開拓できるでしょう。さらに外国のニーズを見つけることができれば、グローバル市場へとビジネスチャンスが広がり、企業はもちろん、日本経済の活況にもつながります。
 日本が「課題先進国」と言われ続けているのは、山積する課題を課題として十分認識できていないことの表れです。課題を課題として認識し、それを解決して「課題解決先進国」になるには、Society5.0の視点と着想が欠かせないのです。

2024年秋竣工予定の成蹊大学新11号館をメタバースに構築。
https://www.seikei.ac.jp/university/new_building11/

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パンデミックや戦争、気候変動など、危機に対処するためのマインドセットを解説。「万一に備えた体制づくりのために、ぜひ読んでおきたい一冊」と佐藤さん。

「レジリエントな社会 危機から立ち直る力」マーカス・K・ブルネルマイヤー著
日本経済新聞出版 ¥2,750(税込)

PROFILE

博士(法学)
日本学術会議連携会員
東アジア共同体評議会議員