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鹿子木宏明のDX対談株式会社荏原製作所  小和瀬浩之さん

今回のゲストは、株式会社荏原製作所執行役 情報通信統括部長 兼 CIOの小和瀬浩之さん。花王株式会社、株式会社LIXILでCIOを務めるなど、長年ITに携わられているご経験から、DXの実状などのお話を伺いました。

鹿子木 大学卒業後からずっとIT関連に携わられているとのことですが、大学での専門も、やはりIT関連だったのでしょうか。
小和瀬 早稲田大学の理工学部工業経営学科で学びました。プログラミングももちろん学ぶのですが、理系の中でも文系といいますか、経営に近い学科でした。本当は営業をやりたかったのですが、理系の学部出身だったのでシステム開発部に配属されたのだと思います。当時はジェネラリスト育成のために様々な部門を経験する時代でした。これからコンピューターの時代になることはわかっていたので、3年くらい勉強してもいいかなくらいの気持ちでしたが、これが一生の仕事になってしまったというわけです。
鹿子木 ITではどういったところを手掛けられたのですか。
小和瀬 花王は製造業でありながら独自の販売網を構築し、20代の頃にその流通系を担当しました。ある日、日本全国にある約100カ所の物流や販売の拠点で使われていたオフィスコンピュータ(オフコン)を、IBMのメインフレームに刷新するプロジェクトをアサインされました。北は北海道から南は九州まで、新しいシステムを各拠点で2〜3週間ずつかけて順次展開していきました。その後は海外です。アジアの担当として、一度出張に出ると3〜4か国を回るため2か月くらいは日本に帰って来られませんでした。ですから、ほとんど本社で働いた経験がありません(笑)。
鹿子木 離れた場所で、単にシステムだけを作っていたというわけではないのですね。
小和瀬 はい、常に現場を回っていました。物流や販売の拠点では、自ら受注入力をしたり、ピッキング処理をしました。伝票発行といった業務も現地の方と一緒に行いました。自分たちが作ったITシステムを実作業の中で確認するためです。
鹿子木 システムを導入したら、後は事業部に任せてしまうというIT部門の話をよく耳にしますが、そうすると結局、現場では使えない、使わないとなってしまうケースが多いようですね。
小和瀬 長年ITを担当して思うのは、結果を出すためにはシステムを提供するだけではなく、まずは作った人自身が使いこなせなければならないということです。「何かあったら連絡ください」と言って現場を見ないのは最悪のパターンですね。現場に出向いて業務側と一緒に稼働を見守り確認し、導入効果を出すところまでやるのがIT担当の仕事だと私は思っています。現場へ行き、その作業をする担当者と一緒に新しいシステムを実際に使いながら「この仕組みは使いにくいですね」などの感想を聞き、改善を加えていった。その経験が、今の私のベースになっていると思います。

グローバル経営に欠かせない
業務の標準化

小和瀬 日本の製造業はグローバル経営が大きく出遅れています。すでにグローバル経営で実績を上げている欧米の会社は、実は1990年頃からグローバル経営を考えていました。しかし、当時は技術がなく、断念せざるを得なかった。例えば、通信のための専用線をグローバルで敷設すると莫大な費用がかかります。容量も少なく脆弱で、データ交換などが簡単にできない。ところがITが進化してインターネットが出現したことで安価で大容量のデータを交換できるようになった。加えて、コンピューターの処理能力が劇的に進化し、テクノロジー的にもグローバル経営ができる環境が整いました。ERPシステムを使って基幹系といわれる業務が一元的に管理できる時代になったのです。欧米系の会社は1990年半ばくらいから世界中のデータを標準化し、マネジメントサイクルを早めていったのです。
 その頃、私は花王で海外を担当し、独自の仕組みを作って海外に展開していました。いわゆるITの差別化です。ですが、現場がそれに慣れるのに半年から1年かかってしまう。しかも、海外では人の入れ替わりが激しく、やっと操作に慣れてきたと思ったら辞めてしまうの繰り返しでした。ですから、独自のシステムからSAPへの切り換えを断行し、業務の標準化を徹底的に図りました。もちろんIT部隊だけでなく、関連する業務部門も巻き込んでです。日本も含めたアジア一体運営を進めた結果、業績が芳しくなかった販売会社や製造会社も全て黒字化し、良い結果を残すことができました。
鹿子木 欧米の企業はグローバル化を目論んでいたが、それを可能にするテクノロジーがなかった。ようやく技術が追いつき、加速したというのは興味深いですね。
小和瀬 荏原製作所はこうした欧米企業同様、インターナショナル経営からグローバル経営にシフトするためにSAPの導入を進めています。精密・電子カンパニーはサプライヤーや競合もすでにグローバル対応しているため各国の業務を標準化する必要があるからです。今後、日本のマーケットは縮小していきますから、グローバルに出て稼いでいかないといけない。それなのに、我々にとっては手に取りやすい、いわゆる経営データを均一に、タイムリーに入手できなくて、本当に世界で戦えるのでしょうか?

DXの推進は経営改革の
ためのプロジェクト

小和瀬 DXを成功させたいのなら、それは経営陣が本気になるかどうかにかかっていると思います。弊社ではSAP導入プロジェクトを進めるにあたり、毎月1回ステアリングコミッティを開いていますが、社長の浅見以下、事業部長、役員、それに関連するコーポレート(管理部門)の面々が参加します。
鹿子木 社長自らDXのプロジェクトにコミットすると?
小和瀬 単なるSAP導入のプロジェクトではないからです。これは荏原製作所の経営改革のためのプロジェクトだからです。浅見はそのオーナーとしてコミットしています。

鹿子木 社長の姿勢を見れば、どれだけ重要なプロジェクトであるかが社員全員に伝わりますね。
小和瀬 DXを進めるというのは、なぜそれが必要なのか。手段と目的をはき違えてはいけません。強いていうと、DXは経営と事業部門とIT部門が三位一体で全社上げて取り組まなければ、うまくいかないと思います。
 弊社ではDXを、主にお客様に対して行う“攻めのDX”と、内部改革の“守りのDX”とに分けています。先ほど申し上げたシステム導入は“守りのDX”になります。
“攻めのDX”の大きな取り組みの1つが環境事業です。廃棄物の燃焼効率を一定にするために人が行っていた撹拌作業をAIにさせています。画像処理技術とディープラーニングの技術を使うことで、人件費を大幅に抑えることができました。
 個別受注生産を行うエネルギーカンパニーでは、過去に製造した製品の設計データを改良し、別の製品を設計する流用設計という手法を用いていました。しかしこの方法では知見が属人化し、かつイチから作るのでリードタイムが長くなります。そこで3D CADを用いたパラメトリック設計により、これらの問題点を解消しました。これは完全に事業部による取り組みです。
鹿子木 IT部門ではなく、事業部によるDXが推進されているのは素晴らしいですね。では、日本の製造業がDXを導入するにあたって必要なことは何だとお考えですか。
小和瀬 まず、なぜDXを推進しなければならないのか。例えば、経営戦略、事業戦略、SDGs、CO2削減など、目的を明確にし、しかるべき形をきっちり作っていくことだと思います。そして経営陣も率先してその取り組みに参加すること。IT担当に丸投げしないことです。
鹿子木 加えて、御社のように経営陣と事業部門、IT部門が三位一体となるのが理想ですね。貴重なお話をありがとうございました。

PROFILE

1986年花王入社。国内流通システムや海外関連会社システム構築などを担当。1995年よりタイ花王に出向し、基幹系システムなど業務改善を推進。2012年花王システム部門統括に就任。2014年1月LIXILに転職。2015年12月 同社理事CIO 兼 CIO情報システム本部本部長、2018年7月株式会社資生堂 グローバルICT副本部長兼ICT戦略・プラットフォーム部長を経て、2018年12月より荏原製作所。

1996年4月にマイクロソフト入社。機械学習アプリケーションの開発等に携わる。2007年10月横河電機入社。プラントを含む製造現場へのAIの開発、適用、製品化等を手掛ける。強化学習(アルゴリズム FKDPP)の開発者のひとり。横河電機IAプロダクト&サービス事業本部インフォメーションテクノロジーセンター長を経て2022年7月より横河デジタル株式会社代表取締役社長。博士(理学)。