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鹿子木宏明のDX対談株式会社トクヤマ 坂 健司さん
全員参加型のDXを推進し、短期間でその成果を着実に挙げている株式会社トクヤマ。その指揮を執る執行役員 デジタル統括本部長 兼 DX推進グループリーダーの坂 健司さんにお話を伺いました。
鹿子木 3年前にトクヤマに入社されて以来、DXを進められているとのことですが、前職ではどのようなことをされていたのですか?
坂 大学院卒業後、大手製造業で28年間勤め、主に3つのカテゴリーでキャリアを積みました。まず、製造現場での技術者です。2つ目がインドでの駐在。そこでは様々な事業戦略や提携戦略等を経験しました。そして3つめが企画部門です。
鹿子木 インド駐在ですか。日本とは、かなり環境が違うのでしょうね。
坂 私はニューデリーに2010年から5年半、駐在しました。赴任する前は、インドの製造業は日本に比べ、大きく遅れていると思っていたのです。ところが実際は、先進的な企業は私の想像をはるかに超えてデジタル化が進んでいました。それを目の当たりにし、日本でもデジタル化や先進ITの導入にもっと積極的に取り組まなければならないと。これが駐在時での一番大きな気付きでした。
鹿子木 当時、日本の製造業もかなりいい線をいっていたと思いますが、それよりもさらに高度だったということですか?
坂 はい。当時、私が所属していたのは、長い歴史を持つ会社でした。私もインドに赴任する直前まで工場長をしていたものですから、日本のものづくりに思い入れがありました。鍛え上げられたオペレーターが気の利いた職人技で他国では真似できないものを作り出す。ですから日本のものづくりは盤石だと、そう思っていたのです。
確かに人のスキルに関しては日本のほうが圧倒的に優れているのですが、インドの先進企業ではIT化が日本より進んでいたのです。つまり、人がいなくても様々なことができる。このままでは日本のものづくりは、IT、今でいうDXによって逆転されると危機感を持ちました。
鹿子木 インドでの経験が大きな転機になり、それをきっかけに、日本でDXに力を入れるようになったと。
坂 そうですね。製造業としてデジタル化やDX化を進めなければならないと、前職で力を入れ始めました。その後、縁があってトクヤマでDXを全社で進めるというポジションと巡り合いました。
鹿子木 トクヤマでは、すぐに様々なDXの実践が可能だと見出されたのですか?
坂 DXの必要性は十分にあったのですが、それを実行するのはかなり難しいと感じました。弊社に限らず、高度成長期に発展した日本の製造業に言えることですが、設備が古く、慣習的にも保守的な風土が残っているからです。それらをデジタルによって一気に変えるのは一筋縄ではいきません。一方、新興国のインドなどの真新しい企業はまったく何もないところに最先端の設備を導入するわけですから、IT化、デジタル化するのは容易です。日本の製造業は、これからそうした企業と勝負をしなければなりません。これまで人のスキル、匠の技で勝負していたものが、そもそもの土俵が変わってしまったわけです。
弊社は巨大企業ではないので資金や人的リソースも多くなく、デジタルレベルも日本平均から相当劣後していたため、まさにビハインドからのスタートでした。
DXで何をしたいのか
全部署にヒアリング
鹿子木 そのような厳しい状況の中で、どのようにDX化を進めていかれたのですか。
坂 何か1つシステムを入れれば解決するというものではありません。ですから、まずDX化のための一定の仕組み作りが必要だと考え、8つの柱を立てて順番に取り組むことにしました。その最初のステップが、DXの基本方針を定めることです。
DXは幅広い概念ですから、人によっても会社によってもその捉え方は異なります。ですから変革をゴールに置きつつも、まずは何を目指すかという土台を作ることから始めました。全社員に自分ごととして取り組んでもらうため、全ての拠点や部門はもちろん、経営層、労働組合、グループ会社を回り、250名以上にDXで何をするべきか、どういうことをしたいかを徹底的にヒアリングしました。それを取りまとめて1つにしたのが基本方針です。その時に多く集まったのが「DXどころじゃない」とか、「データとデジタルを使いこなすのがDXなのに、そもそもデータがどこにあるかわからない」という声でした。
鹿子木 現場からの声を吸い上げると辛辣な意見が出ますね。
坂 そうですが、そうした意見が土台となり、トクヤマの社員の総意としてDXの基本方針を定めたことがその後の大きな推進力になりました。弊社ではDXを「TokuyamaDX」、通称TDXと呼び、全社プロジェクトとして進めています。
その中に全部で25のサブプロジェクトがあり、優先順位をつけて進めているのですが、1丁目1番地の施策として、「ペーパーレス推進プロジェクト」を掲げています。「ペーパーレスがDXなのか」というご意見があるかもしれませんが、弊社ではこれを重要視しています。紙や電話、FAX、Excelのバケツリレーなど、そういったものが至るところに膨大にあり、これらがデータのない原因を生み出すからです。これを最重要プロジェクトの1つに認定し、継続的に取り組んでいます。
鹿子木 分かりやすい施策ですし、データがたまることによって将来、それが生きてくるでしょうね。
坂 この取り組みは地味で地道で苦労も多い作業です。全ての分野に関係するので、業務フローも変えなければなりません。スポーツでいうと筋トレのようなものでしょうか。
全員がDXに参加するための
仕組み作りを構築
鹿子木 ところで、DX推進のための組織作りはどのようにされているのですか?
坂 「DX推進グループ」という部格があり、本部格の「デジタル統括本部」に属しています。これら組織が様々な部署と連携し、DXを進めているのですが、これだけでは全社的なTDXには至りません。そこでまずは各部署に1名ずつDXキーパーソンをアサインし、DXの連絡・推進役になってもらうという仕組みにしました。我々が何かを発信したい場合、このキーパーソンに連絡すれば隅々まで情報が行きわたります。このメンバーはITに強く、かつ管理職であればそれに越したことはありませんが、そういう人材がそろっている部署ばかりではありません。ITに詳しくない一般社員も多数います。
そのような周知・啓発活動を行いながらTDXの体制を整えていきました。3年前はほとんどいなかったメンバーが今では300人を超えました。通常の業務をこなしながらなので大変ではありますが、会社としてDXが必要で、何としてでもやり遂げなければならないことをトップダウンとボトムアップの両方から説明していきます。命令するだけでは人は動きませんから、なぜ必要なのか、それをやると何がいいのかなど実務レベルで伝え、納得して参加してもらうことを基本としています。
鹿子木 坂さんが入社された2年後の2022年に、御社は「DX認定事業者」として初認定され、2024年も継続的な取り組みが評価され、認定が更新されましたね。
坂 私がトクヤマに入社した2020年の段階でも様々な蓄積があり、それをうまく繋ぎ合わせられた結果、このような認定を受けることができたのだと思います。特にDXは経営と離れて進めるようなことがあってはならないことから、DXは色々な歯車を回して「中期経営計画2025」を達成していくための1つめのギアだという定義をしたことも評価を受けたポイントだと思います。
とはいえ、まだまだ弊社は過渡期で、ゴールは先のその先にあります。全社プロジェクトとしてここまで持って来ることができましたが、これで息切れしないよう引き続き、頑張らなければなりません。
鹿子木 歴史のある製造業はデジタル化、DX化を進めていこうとすると、初めのお話にあったように、古い慣習や設備がハンデになってしまうこともあるでしょう。ですが、その中で待ったなしで進めていかなければならないのが日本の製造業の状況であると思います。本日の成功例は非常に参考になるお話でした。ありがとうございました。
- PROFILE
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1992年日本製鉄(当時、住友金属工業)に入社。製造技術者としてキャリアを重ね、British Columbia大学での客員研究員、製鋼工場長等を歴任後、2010年インドに駐在。現地法人の取締役として事業を展開する中、デジタル変革の潮流に触れる。2014年MBA取得。2015年に帰国後は同社経営企画部上席主幹として海外事業、IT戦略等を推進。2020年DX責任者としてトクヤマに入社し、全社DXプロジェクトを企画推進中。2023年より現職。
1996年4月にマイクロソフト入社。機械学習アプリケーションの開発等に携わる。2007年10月横河電機入社。プラントを含む製造現場へのAIの開発、適用、製品化等を手掛ける。強化学習(アルゴリズム FKDPP)の開発者のひとり。横河電機IAプロダクト&サービス事業本部インフォメーションテクノロジーセンター長を経て2022年7月より横河デジタル株式会社代表取締役社長。博士(理学)。