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development story of AI-based Plant Controlプラント制御AI、FKDPPの開発ストーリー

[第3回/全3回]実際のプラント稼働に挑む

世界で初めてプラント制御に成功したAIアルゴリズムとして注目が集まるFKDPP。その開発に至った日々を携わった3人が振り返る。

FKDPP(Factorial Kernel Dynamic Policy Programming)とは?
奈良先端科学技術大学院大学の松原崇充教授と、弊社の鹿子木宏明、髙見 豪により開発された自律制御AIアルゴリズム。「第52回日本産業技術大賞」において「内閣総理大臣賞」を受賞。

――展示会で大絶賛されたFKDPPですが、実際のプラントに挑むのにはかなりのハードルがあったようですね。

髙見 展示会での反響は良かったのですが、そこからはなかなか進みませんでした。三段水槽はトレーニング装置なので、いろいろと試行錯誤が出来ます。しかし、実際のプラントとなると、そうはいきません。一緒に取り組んで頂ける企業が見つかりませんでした。
企業の担当者に学習の様子をビデオでお見せすると驚かれることは多かったのですが、その後、実機には使って頂けない。最初に実際の工場で実験をさせて頂いたのが、グループ会社である横河マニュファクチャリングの駒ヶ根工場でした。
その時は工場の方々にも協力を仰ぎ、とにかくリスクをなくすために1から全部説明して、どうにか実験させて頂きました。そこで実機で動かすことの実績を1つ残せたのですが、それでも他社企業でというのは実現しませんでした。
そんな折りに弊社の小渕が、ENEOSマテリアルとの実証試験の話を営業経由で聞きつけてきたのです。そこで初めて他流試合となる実証試験が始まりました。

髙見 豪 弊社DXサービス事業部

――そして、ENEOSマテリアルの化学プラントを35日連続制御に至ったわけですね。こうした経緯から、第52回 日本産業技術大賞の内閣総理大臣賞を受賞されたと。

鹿子木 いいえ、受賞は35日間の連続制御が出来たことが評価されたわけではありません。日本産業技術大賞は純粋に技術が対象なので、FKDPPに対して内閣総理大臣賞が授与されたのです。その理由の筆頭に来るのが、本物のプラントが35日間、連続制御出来たのはもちろんですが、それ以外に、松原先生がいくつか論文を書かれていたこともあります。ちなみに松原教授はKDPPをもっと大規模に、もっと解ける方向に新しいアルゴリズムへと進化させています。

鹿子木宏明 弊社代表取締役社長

松原教授 2020年に出した論文は、2018年の論文より計算が軽く、 課題の難度に応じてデータを増やしても安定して学習出来る、という内容です。そして、2022年にもう1本論文を出しました。
以前のAIもよく出来ていますが、いわゆる調整パラメータに少し敏感なところがありました。シミュレータでは上手くいくパラメータでも、実機に展開すると再調整する必要がありました。この調整があまりに大変だと実用性に欠けるため、それを解消出来るよう、今も進化させているところです。

鹿子木 それが最初のKDPP(Kernel Dynamic Policy Programming)から、今回の実証実験で使用したFKDPP(Factorial Kernel Dynamic Policy Programming)です。

――三段水槽の制御AIから実際の化学プラントの制御AIへと進化させた。そこで難しかったことはどんなことですか?

松原教授 もちろん、化学プラントのシミュレータの方が三段水槽よりよほど大変です。実際のプラントが、現実に何時間、何週間動いているのか。そこを意識しながら、少ないデータで動くように作っていくので、そこが仕様としては厳しいですね。
それから安定性です。後々横展開するつもりですので、我々しか使えないような複雑なAIだと展開出来ません。いかにシンプルな構成で要求条件を満たすかを重視し作り出したのですが、やはりうまく動くようになるまで試行錯誤しました。
最後は先ほどお話したように、化学プラントの知識をうまくあてがって、それでFKDPPになったということですね。

――機械というものは、稼働時間が長くなればなるほど、色々な影響が出てくるものだと思います。長く動かし続けることは、大変なのでしょうね。

松原教授 シミュレーションの中では、経時変化や季節性などは考慮されません。もちろんデータを集めれば集めるほどAIの精度は上がりますが、データの収集に時間がかかるため、実際の導入は10年後です、というわけにはいきません。数週間から数カ月ぐらいで、いいものを出さなければならない難しさですよね。システムとしては少し簡易的ですが、仕様は極端に厳しいものとなっています。
AI(FKDPP)の中にはいろいろと調節パラメータがあり、単に性能の高いコントロールを選ぶというわけにはいきません。例えばデータが少なければ少し鈍性能のコントローラで学習するなど、臨機応変に対応してきたことでうまくいったのだと思います。
開発工程のシミュレーションで我々はそのプロトタイプを色々と出すのですが、髙見さんの手元でも動かし、ダブルチェックのような形で進めていきました。
その結果、髙見さんはみるみるアルゴリズムのエキスパートに育ったわけですが、このこともわずか何カ月かの間にFKDPPが完成した秘訣だと思いますね。

髙見 パラメータのことをたくさん松原先生に教えて頂き、これはどういう意味ですかと、論文と一緒に照らし合わせながら進めたことを思い出します。

髙見の積み重ねた詳細なデータを見て、改めて感心する松原教授。

松原教授 こうして一緒に経験を積み上げてきたことで、アカデミアの視点にはない気付きがありました。FKDPPの後継のアルゴリズムは誰でも使いやすいという操作性が求められたり、パラメータを少なくするなど、実際に使う場面を考えるといったことです。また、伝承していく時に出る不具合などもAIの方向性の参考になりました。すごく良いループが生まれたと思います。これらは現場に近い方々とご一緒させて頂く醍醐味ですね。

――実際にこの賞を取られた時は、先生はどんな感想をお持ちでした?

松原教授 (日本産業技術大賞の)候補申請をしますからと、事前にご連絡を頂いていたものの、受賞内定の連絡を頂いた時、よく分かっていませんでした。
「日本産業技術大賞」という、とてつもない名前が付いていますし、さらに「内閣総理大臣賞」という名に、ピンとこないところがありました。なので、すぐに電話でもう一度経緯などを伺い、受賞も間違いないとのことで、ようやく理解できましたね。

――日本産業技術大賞の内閣総理大臣賞は、よく知られた錚々たる技術が受賞しています。その中で、このFKDPPは一般の人にとってイメージがつきづらいですね。

松原教授 そうですね。こんなにイメージがつかない受賞対象は初めてじゃないでしょうか。とても地味なものですから。

松原教授

鹿子木 これまでのHondajetやスカイツリーなどに比べると、確かにそうですね。

――このFKDPPのポテンシャルと言いますか、実際に一般の人たちがイメージ出来る、生活の中で使えるようなことは、これから次々に出てくるのでしょうか?

松原教授 そう思っています。ただ、まだ日常の中では難しいかも知れません。技術は日進月歩なので、今後このAI技術、FKDPPというアルゴリズムよりもさらに優れた技術がいくらでも出てくると思います。ですが、今まで誰も成し遂げなかったことを、コストも考慮しながら技術開発に最初に成功したという事例が大きいと思いますね。

――そうですね。先ほどもお話しされたように、AIを使って出来る、ということが分かること自体が、参入を促すことになるわけですね。そこを最初に開拓された皆さんは、今後これをどのように進めようとされているのでしょうか?

髙見 今回のFKDPPを松原先生と一緒に取り組ませて頂き、強化学習が面白く、大きな可能性を秘めていると感じました。AI自身が試行錯誤をしてどんどん賢くなっていく。それはすごいことですし、見ていても面白いと。
その技術は生成AI、ChatGPTなどでも使われていますが、人間が住んでいる世界のもっといろんなところに使えるだろうと思います。ですから、あらゆるところに試してみたいというのが、正直な気持ちですね。
今はプラント制御が脚光を浴びていますが、FKDPPにこだわらず、日々AIの技術は進化していますので、そういった進化したAIの中から、課題ごとに最適なAIを選んで適用出来るようになればと思っています。そして、ビジネスにつなげたいですね。

松原教授 最終的には、学習する機械が社会に溶け込んでいって欲しいと思います。最初は学習する機械が学習した結果を棚卸しするような使われ方だと思うのですが、それではメンテナンス性の問題などがあり、使える場面が少ないと思います。ですから、学習機能のようなものが入った家電でしょうか。
プラントもそうですが、状況や環境が変わった時にはエンドユーザー自身が手軽にデータを集められるようなモードがあり、自動運転までしてくれる。それが根付いて馴染んでくると、一段先の世の中が出来る気がしますね。
今は学習する機械が、自動運転コントローラで化学プラントを動かすというのがちょっとありえない発想だったから、実際に出来たという発表の反響は大きかったわけですよね。それぐらい、誰もがまだ心理的に受け入れていない話なので、それが当たり前に受け入れられた、さらに先ですね。もちろん、安全性をどう担保するのかとか、何かあった時の補償は誰が持つとか、きっといろんな法整備の話も出てくるとは思います。ですが、どんどん進歩させていかないと、これからは特に、高齢社会の先進国はまずいことになりますよね。(終)