AI First Manufacturing
製造業界におけるAI活用のこれから
「AIファースト・マニュファクチャリング」
セミナーレポート
データとAIが価値を生む「第四次産業革命」の時代において、多くの企業がAIを活用した新たな経営戦略を模索している。日本の製造業が次世代の競争力を確立するためには、何が必要なのだろうか?本稿では2024年11月に開催されたセミナー「AI ファースト・マニュファクチャリング~AIを中心に据えた製造業の新たな経営戦略~」から、グロービス経営大学院教授の吉田素文氏と横河デジタル株式会社の代表取締役社長である鹿子木宏明の対談の内容をレポートする。
吉田 素文 氏フレームオブ・リファレンス・合同会社代表 グロービス経営大学院教授
鹿子木 宏明横河デジタル株式会社 代表取締役社長
日本の製造業におけるAI活用の可能性
鹿子木さんから見て、日本におけるAI活用の動向について感じていることを教えてください。
これまでAIはさまざまな期待を背負いながら、「ブーム」と「冬の時代」を繰り返して進化してきました。特に近年の技術進化はめざましく、翻訳や画像認識の分野では実績も積み上がってきており、期待が高まっていると感じています。
一方で、製造業でのAIの活用となると、製造現場や製造開発、またサプライチェーン等、インパクトが大きいところで広範囲に活用できるAIがこれまで求められてきました。ようやくそれらに汎用的に対応できるAIがYOKOGAWAでご提供できる状態になりました。
現在でも「生産工場におけるプロセス自動化」といった面での活用は進んでいますが、より広い領域でAI活用の機会が生まれている、という理解でよろしいでしょうか?
その通りですね。これまで製造現場で使われてきたAIは特定の処理を行う特化型のものですが、本当に解きたい問題は人間が関わるところにあるので、人間が試行錯誤して学ぶのと、似たようなプロセスで学習するAIは広範囲に活用できると思います。実際に製造業が莫大な時間と労力を要しているのは、製販会議のような”調整”のプロセスなのです。
こうした問題に対して、我々が開発した産業用の汎用型AIの”FKDPP”(Factorial Kernel Dynamic Policy Programming)は、人間と同じように少ない試行回数で最適な解を見つけ出してくれます。関連記事:プラント制御AI、FKDPPの開発ストーリー
ありがとうございます。例として挙がった製版会議ではこれまでは数字の用意や打ち合わせなどに多くの時間やエネルギーを使っていたと思います。AIを活用することによって、生産性の向上という面ではどのようなインパクトが生み出せると考えられますか?
製販会議でAIを使うときはコストダウンで考えてしまうので、1つの製販会議が無くなるだけと考えると、大した話ではないように思うかもしれません。しかし、たとえば「100個の新製品を毎年つくりましょう」となると、製販会議もそれにともなって発生するので、現実的ではなく、経営陣もそもそもそういった発想をしません。ただAIを活用する事によって、実現可能になり、今まで考えもしなかったようなビジネスのスケールアップが可能になります。

従来、AIには任せられないが人間がやるには膨大な時間がかかると思われていたことが非常に少ない時間で叶うということですね。実際に、経営者や現場のリーダーからはどのような反応がありますか?
非常に強い関心を持っていただいています。これまで解決が難しかった問題にAIが光を当てることで、「それならこの問題も解決できるのではないか」という、普段意識の外にある潜在的な課題にまで期待が広がっている印象です。
AI活用を阻む壁と突破口
従来のオートメーション化では、多くの変数が絡み合い矛盾するような問題には対応できず、人の判断や調整が必要でしたが、それもAIで解決できる可能性があると分かりました。
しかし、いろいろな会社のDX推進者とお話ししていて感じるのですが、「担当者はすごく意欲を持っている」「既存事例もある」「自社にとって価値は出そう」といった状況にもかかわらず、思うように進められていないケースが非常に多いのです。いったい、どのような壁があるのでしょうか?

特に日本の製造業の場合、高度成長期に多くの工場が建設されて以降は、それをいかに効率よく運用しコストを削減するか、という歴史が長く続いてきました。経営から現場に求めるものといえば「コストダウン」「省人化」「納期短縮」なんです。この意識を変えない限りは、ビジネスのスケール拡大、スコープ拡張や学習の蓄積を目的とした提案をしても、なかなか受け入れてもらえません。経営側も変わっていく必要があります。
私は日本の工場に行くのが大好きなんです。床はピカピカに磨かれ、非常に規律があって、素晴らしい生産性を誇っています。おそらく、人類の歴史上最も高いレベルでの生産性・安全性を達成してしまっているでしょう。これ以上の「効率化」は現実的でない気がします。これまでも追求されてきた問題に対しては、AIを入れる動機が薄いとも言えます。
ですので、スケールとスコープをがらりと変えて、「売上を数倍にする」「スピードを100倍にする」「低コストで多品種に対応する」などの、今まで不可能だと思われていたようなまったく新しいチャレンジをするとき、AIを使ってどう実現するか、という可能性が見えてくる気がしますね。
私もいつも思うのですが、今は価値の中心がモノや人的サービスから情報・ソフトウェア側にどんどん移ってきていますから、ものづくりそのものの重要性は変わらずとも、ものをつくることだけを考えていたら、機会をどんどん逃してしまいますね。
発想を自分たちの会社の外に広げてみる、というのも可能性の一つだと思います。製品の利用データをもとに、お客さんのオペレーションを継続的に改善していくようなモデルです。「エンジンを売るのではなく、推進力を売る」といったサービスが既に登場しています。
また、いわゆるマニュファクチャリングチェーンに留まらず、エンジニアリングチェーンやサプライチェーンまで含めさまざまな人を巻き込みながら、AIを使って価値を作っていくことも一つの大きな可能性だと考えています。外部との繋がりを増やすことによるAIの可能性には、どんなことがあり得るでしょうか?
日本の製造業はこれまで「効率化」「コストダウン」のように意識が内側に向いてきたので、お客様のニーズを理解して製品・サービスに活かしていくというような経験が不足している事も多く、ただそれらの経験を手に入れるには時間がかかってしまいます。
このような場合、まずお客様のニーズをデータ化する必要がありますが、FKDPPに「お客様の動向を見ながら新製品を企画せよ」と試行錯誤させてみるというのも一つの手だと思います。「”お客様のニーズを理解したエキスパート”をつくる」という問題が、AIによって解ける可能性があります。

データ量に頼らないAIの活用
ビッグテックが先行しているLLM(大規模言語モデル)のように、膨大なデータ量に基づいたAIに対抗していくことは難しいと思っています。その点、FKDPPのように、スモールデータで少ない試行回数からでも成果を上げられるAI技術には、大きな可能性を感じます。
製造現場では色々なデータが得られますが、組織の壁を越え、取引先や顧客データとも統合したモデルを構築するには、どのような難しさがあるのでしょうか?
領域を越えた大量のデータや知識の全体像を人間がマスターするのは難しいでしょう。AIを活用しつつ、肝となる部分は人間が教え込む、といった方法が必要だと思います。
これはまったくの私見ですが、LLMのように大量のデータを使うモデルは、土地が広くて資源も多い大陸の発想な気がします。日本の製造業の強みは、ものづくりの精神など、より等身大で、繊細なところにあると考えています。FKDPPは、匠が学習するプロセスのように数十回程度の試行錯誤でものごとを習得するという点で、超知能ではなく、「人間っぽさ」を持ったAIだと思っています。
非常に面白いですね。AIの議論をすると、人間がやっていることと次元の違うことがブラックボックスから出てくるので、はたして本当に信用できるのか、コントロール可能なのか、責任を持てるのか、といった「恐怖感」がよく話題にあがります。
しかし、スモールなところでしっかり学習して、成果を上げるという姿を目にすることができれば、AIがよりポジティブに社会に受け入れられていく気がします。
何のデータが含まれているかわからないことも「恐怖感」に繋がる事だと思います。FKDPPの場合、数十回の学習ですから、膨大な量を覚えているなどの人間離れした恐怖感を与えない。もちろん本質を学ぶので、実用的なのですが、底知れぬブラックボックスになるほどの学習量にはなりません。

日本の製造業こそが取り組むべきAI活用の姿
日本の製造業の方々と接していて、私が非常に共感を覚えるのは、「良いものをつくりたい」「良い価値をお客様に届けて、その結果として収益を得たい」と考えている方がすごく多いことです。
しかし「頑張っているのにビジネスが成長しない」「余力がなくて人がいなくなる」「結果を出さなければというプレッシャーが強く色々なことが守れなくなっている」のが、今の日本です。このままでは、日本の素晴らしいものづくりの文化が崩れていってしまうのではないか、という恐れすらあります。
こうした現状に対して、人をAIに置き換えるのではなく、人間が諦めていたことについてAIの助けを借りることで新たな可能性が生まれるのではないか。お話を聞いて、そんな事を思いました。
YOKOGAWAは100年以上の歴史があり、現場に寄り添ってきたからこそ、誰もが”匠”の凄さを知っています。ですので、これからもコアにはやはり匠がいて、それをサポートする弟子の方々の手が回らないところをAIが担っていく。そして弟子にしばしば教わることがあるように、AIが新たな発見をもたらしてくれる。そのような人とAIの共存の形が良いのではないかと思います。
匠ひとりに属人化していたものがアルゴリズムとして目に見えるようになることで、人間も最適化のルートを見つけやすくなり、新たな疑問や視点、改善点を見つけやすくなる効果もありそうです。
今回の対談を通して、日本の製造業の明るい未来が見えた気がします。最後に、鹿子木さんから、経営者や製造業の方、様々なリーダーに向けてメッセージをお願いします。
現状からさらにビジネスを拡大・拡張するためのAIが登場しています。ぜひ、それに目を向けて頂きたいと思います。
そして何より、私は、若者が製造業を目指して欲しいのです。私の娘も有機化学が好きだったんですが、「製造業はどうなっていくか分からないし、ちょっと……」なんて言っています。そんな未来にしちゃいけません。製造業には夢がある。先端技術と匠がどんどん新しいことをやっていく。明るい未来を次世代に残していきたいと、強く思っています。
製造業にはエンジニアをはじめ化学・物理・生物などの深い知見を持つエキスパートが揃っているのですから、むしろITの人よりも、AI活用で貢献できる分野は広いはずですよね。
その知見を活かしながら、さまざまな社会問題、ひいてはグローバルでどのように貢献していくかということを、私も一緒に考えていきたいと思います。ありがとうございました。
この対談の模様は動画でもご覧いただけます。
Profile
フレームオブ・リファレンス・合同会社代表 グロービス経営大学院教授
吉田 素文 氏
立教大学大学院文学研究科教育学専攻修士課程修了 ロンドン・ビジネススクールSEP(Senior Executive Program)修了 ビジネス・経営の全領域を横断するゼネラル・マネジメントを専門とし、グロービス経営大学院での講義に加え、20年以上に亘り、製造業を中心に、経営者育成プログラムを設計・提供、幅広い産業での企業の戦略・組織課題に幅広く取り組み、これまで2000件を超えるビジネスの問題解決に係わる。近年は、デジタル、サステナブル、グローバル、アートを中心テーマに活動。情報テクノロジー分野、サステナビリティ分野のリサーチ・実践に注力。テクノロジー企業との協働等を通じ、“第四次産業革命時代の戦略・組織への変革”、 ”社会課題起点の戦略・ビジネスモデルの進化”等のテーマで様々な企業を支援している。 経営人材育成の方法論を長年に亙り研究・開発・実践し、深い専門性を有し、近年は、“現代アートによるリーダーの認識拡張・変容”などの新たな方法論を探求、実践している。
横河デジタル株式会社 代表取締役社長
鹿子木 宏明
東京大学大学院で博士(理学)を取得後、1996年にマイクロソフト入社。機械学習アプリケーションの開発等に携わる。2007年10月横河電機入社。プラントを含む製造現場へのAIの開発、適用、製品化等を手掛ける。強化学習(アルゴリズム FKDPP)の開発者の一人。横河電機IAプロダクト&サービス事業本部インフォメーションテクノロジーセンター長を経て、2022年7月より横河デジタル代表取締役社長。著書に『プラスサムゲーム』(ディスカヴァー・トゥエンティワン 2023年)、『「強いAI」による AIファーストの実現』(ディスカヴァー・トゥエンティワン 2025年)。

著書紹介
「強いAI」による AIファーストの実現
著者:鹿子木 宏明 / 定価:1,980 円 (税込)
AIが切り拓く新たな可能性に迫る本書は、人間の脳の進化を紐解きながら、AI技術を活用した企業戦略「AIファースト」を紹介します。欧米企業の事例や「強いAI」の可能性を具体例とともに解説。技術者から経営者まで必読の一冊です。
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